「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会」について
先日、文部科学省から「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会」の「論点整理」が発表されました。
有識者検討会では2022年12月から15回にわたり会議を重ね、今後の日本社会の変貌を見据えたうえで、学校教育の現状・課題・問題点の検討、これからの学校教育の方向性、そしてそれを実現するために必要な施策などについて様々な視点から論じられてきました。その内容を整理したのが今回の「論点整理」で、次期学習指導要領もこの議論の流れに沿って検討されていくものと思います。
論点整理の内容は以下の6項目にまとめられています。
1 これからの社会像とこれまでの学習指導要領の趣旨の実現状況
2 これからの社会像や現状の課題を踏まえた資質・能力
3 各教科等の目標・内容、方法、評価
4 多様な個性や特性、背景を有する子供たちを包摂する柔軟な教育課程
5 学習指導要領の趣旨の着実な実現を担保する方策や条件整備
6 学習指導要領の趣旨の実現に向けた政策形成・展開
以下順をおって見ていきますが、その端緒となる項目1では、
「これからの社会像を踏まえた上で、現行の学習指導要領の前文・総則で示されているコンセプトそのものは引き続き妥当である。しかし、それが十分に学校現場で実現されているとは言えない」という認識がしめされ、その原因が考察されています。
現行学習指導要領の「コンセプトは良いが現場では十分に実現されていない」という問題は自分も常々感じていたことで、この雑感でも2022年9月の「新学習指導要領を実施することの難しさ」、2024年1月の「新学習指導要領を実施することの難しさ(その2)」で、2回にわたり指摘させていただき、その原因として「学習指導要領の2章以下の各教科の目標・内容が大きくは変わっていない(コンセプトを反映していない)こと」「入試が変わっていかなければ保護者のニーズとの乖離があること」「忙しく余裕の無い学校現場に更に課題を押し付ける困難さ」などを上げました。
今回の「論点整理」でも現行学習指導要領実施上の課題として
・前文や総則の理念を第二章の各教科の目標・内容や検定教科書において更に実質化していくことが必要ではないか。
・入試が必ずしも十分に変わっていない中で、授業改善の方向性と入試の出題傾向にズレが生じ、結果として教科書の内容も授業も変わりづらいのではないか。
・教師の多忙化や教師不足等が学習指導要領の趣旨実現を妨げている側面があるとともに、教育課程の実施に伴う負担感が大きいのではないか。
という指摘が見られ、我が意を得たりの思いを抱いたしだいです。
「論点整理」では他にも、
・学習指導要における記載にわかりにくい側面があることが趣旨の浸透の妨げになっているのではないか(例:曖昧な用語、多義的な用語、誤解を招く用語)
・文部科学省⇒都道府県教育委員会⇒市町村教育委員会⇒学校という固定的な経路での情報伝達や、指導資料を中心とした情報発信のみでは学習指導要領の趣旨や狙いが必ずしも十分に伝わらないのではないか
といった指摘もされており「なるほどな」と思わされました。
こうした認識を受けて項目2では生成AIやデジタルツールが発展する状況の中でどんな資質・能力を育成すべきかが議論されます。これには現行指導要領での資質・能力についての理解のズレを解消し、より明確化していく意図もあると思います。ただ、議論の中でも指摘されていることですが、生成AIについてはまだまだその評価や活用法について意見の分かれることもあり、デジタルツールも変化が早いので、それらに対応するための資質・能力をあまり細かく具体的に明確化すればすぐに時代遅れになってしまう危険もあります。どこまで明確化していくのか、今後の課題は大きいと感じました。
項目3では各教科の目標・内容・方法・評価が検討されますが、ここでは主に現行指導要領のコンセプトを反映した授業や評価を、教師への負担も考慮しながら浸透、実現していく方策が探られています。これは今後、学習指導要領の第2章の再検討につながっていくことになるのではと思います。
学習指導要領の第2章には各教科の学習の目的と内容が記述されていますが、項目1でも指摘されていたように前文と総則で示されているコンセプトが十分に反映されていないきらいがあります。
現行学習指導要領の大きな特徴として学力観を「内容」中心から「資質・能力」を基盤としたものへと拡張したことがあります。「何を知っているか」だけでなく「学ぶ意欲や学ぶ力そのもの」を育てることに目的がシフトされてきたということです。ところがこの第2章では依然として学ぶ内容がこと細かく記述されているのです。さらに学習指導要領には解説編という別冊があり、そこでは更に内容の補充がされています。
もし本気で「資質・能力」にシフトしていくのであれば、内容は「何を学ぶか」という「目的」ではなく、「何で学ぶか」という「手段」に変わっていくべきなのではないか、そしてそれを細かく指定する必要は無く、様々な選択が許されても良いのではと思います。
いづれにせよこの部分は思い切った見直しが望まれるところです。
次の項目4では柔軟な教育課程について検討されています。
「多様な個性や特性、背景を有する子ども」に対応するためには柔軟な教育課程の編成・実施が必要になることは誰もが認めることでしょう。しかし「学校教育法施工規則」によると教育課程は学習指導要領を基準として編成・実施することが定められています。そこで問題になるのが「基準」という言葉の意味です。全く逸脱が許されないのか、それともある程度の学校裁量が認められるのか、もし認められるのであればその範囲はどれぐらいなのか、そういったことを現状に合わせて決めていく必要があるのです。その匙加減は相当難しい選択になると思います。
ちなみに生野学園が指定を受けた「学びの多様化学校」は「特別の教育課程を編成し実施できる学校」であり、学校の裁量が一般の学校より多く認められている学校です。それでも自分の感覚からするとまだまだ自由度が足りないと感じます。もっと学校裁量の範囲を広げるか、学習指導要領そのものに自由度を持たせるといった改革が望まれるところです。
項目5では学習指導要領を実現していく上での現場の負担軽減を、カリキュラムや教科書の見直しといった側面と、学校システムの改善という側面の両面から議論されていきます。たぶん学校というシステムを変えていくのは相当の時間がかかるのではと思いますが、必要なことは間違いありません。
そして最後の項目6では学習指導要領と解説の形態、そして改訂のプロセスといった学習指導要領のあり方そのものを見直していく視点も必要なのではという提起がされています。確かにこれまでの学習指導要領の枠組みの中では対応しきれない問題に直面しており、この枠組みそのものの見直しも考えていく必要はあると思います。
最後になりますが、「論点整理」の中でオヤっと思った箇所があります。それは項目1の中で述べられていたことで、少し長くなりますが引用してしておきます。
学校の本質的な役割の再認識
・新型コロナウイルス感染症拡大の防止のための臨時休業や様々な接触防止の対策等
を経る中、学力の保障のみならず、全人的な発達・成長を保障するという役割、他者と
安全・安心につながることができる居場所・セーフティネットとしての福祉的役割など、
学校が持つ様々な役割が改めて実感を伴って理解された。
・学校は、学年・学級という生活を共にする集団の中で、多様な他者に出会い、共感や軋
轢の中で自己を知り、高めるとともに、他者とどのように共存するかという、社会を形
成していく上で不可欠な人間同士のリアルな関係づくりを子供たち相互の関係で学ぶ
貴重な場となっている。
・このような多様な背景を持つ児童生徒が学ぶ場所としての学校の役割は、包摂的で、
他者への信頼に基づく民主的・公正な社会を実現していく基盤として一層重要となって
おり、社会の分断や格差を防ぎ、持続可能な社会の創り手を育てる観点からも更なる
充実が必要。この点について考える際、教育基本法、学校教育法等の教育関係法規に
加え、令和5年度から施行されているこども基本法の趣旨・内容も踏まえることが重要。
この部分がどういう流れで出てきたのかはいまいち定かではないのですが、学校の役割そのものを再認識していくべきという意見には大賛成です。
有識者検討会では2022年12月から15回にわたり会議を重ね、今後の日本社会の変貌を見据えたうえで、学校教育の現状・課題・問題点の検討、これからの学校教育の方向性、そしてそれを実現するために必要な施策などについて様々な視点から論じられてきました。その内容を整理したのが今回の「論点整理」で、次期学習指導要領もこの議論の流れに沿って検討されていくものと思います。
論点整理の内容は以下の6項目にまとめられています。
1 これからの社会像とこれまでの学習指導要領の趣旨の実現状況
2 これからの社会像や現状の課題を踏まえた資質・能力
3 各教科等の目標・内容、方法、評価
4 多様な個性や特性、背景を有する子供たちを包摂する柔軟な教育課程
5 学習指導要領の趣旨の着実な実現を担保する方策や条件整備
6 学習指導要領の趣旨の実現に向けた政策形成・展開
以下順をおって見ていきますが、その端緒となる項目1では、
「これからの社会像を踏まえた上で、現行の学習指導要領の前文・総則で示されているコンセプトそのものは引き続き妥当である。しかし、それが十分に学校現場で実現されているとは言えない」という認識がしめされ、その原因が考察されています。
現行学習指導要領の「コンセプトは良いが現場では十分に実現されていない」という問題は自分も常々感じていたことで、この雑感でも2022年9月の「新学習指導要領を実施することの難しさ」、2024年1月の「新学習指導要領を実施することの難しさ(その2)」で、2回にわたり指摘させていただき、その原因として「学習指導要領の2章以下の各教科の目標・内容が大きくは変わっていない(コンセプトを反映していない)こと」「入試が変わっていかなければ保護者のニーズとの乖離があること」「忙しく余裕の無い学校現場に更に課題を押し付ける困難さ」などを上げました。
今回の「論点整理」でも現行学習指導要領実施上の課題として
・前文や総則の理念を第二章の各教科の目標・内容や検定教科書において更に実質化していくことが必要ではないか。
・入試が必ずしも十分に変わっていない中で、授業改善の方向性と入試の出題傾向にズレが生じ、結果として教科書の内容も授業も変わりづらいのではないか。
・教師の多忙化や教師不足等が学習指導要領の趣旨実現を妨げている側面があるとともに、教育課程の実施に伴う負担感が大きいのではないか。
という指摘が見られ、我が意を得たりの思いを抱いたしだいです。
「論点整理」では他にも、
・学習指導要における記載にわかりにくい側面があることが趣旨の浸透の妨げになっているのではないか(例:曖昧な用語、多義的な用語、誤解を招く用語)
・文部科学省⇒都道府県教育委員会⇒市町村教育委員会⇒学校という固定的な経路での情報伝達や、指導資料を中心とした情報発信のみでは学習指導要領の趣旨や狙いが必ずしも十分に伝わらないのではないか
といった指摘もされており「なるほどな」と思わされました。
こうした認識を受けて項目2では生成AIやデジタルツールが発展する状況の中でどんな資質・能力を育成すべきかが議論されます。これには現行指導要領での資質・能力についての理解のズレを解消し、より明確化していく意図もあると思います。ただ、議論の中でも指摘されていることですが、生成AIについてはまだまだその評価や活用法について意見の分かれることもあり、デジタルツールも変化が早いので、それらに対応するための資質・能力をあまり細かく具体的に明確化すればすぐに時代遅れになってしまう危険もあります。どこまで明確化していくのか、今後の課題は大きいと感じました。
項目3では各教科の目標・内容・方法・評価が検討されますが、ここでは主に現行指導要領のコンセプトを反映した授業や評価を、教師への負担も考慮しながら浸透、実現していく方策が探られています。これは今後、学習指導要領の第2章の再検討につながっていくことになるのではと思います。
学習指導要領の第2章には各教科の学習の目的と内容が記述されていますが、項目1でも指摘されていたように前文と総則で示されているコンセプトが十分に反映されていないきらいがあります。
現行学習指導要領の大きな特徴として学力観を「内容」中心から「資質・能力」を基盤としたものへと拡張したことがあります。「何を知っているか」だけでなく「学ぶ意欲や学ぶ力そのもの」を育てることに目的がシフトされてきたということです。ところがこの第2章では依然として学ぶ内容がこと細かく記述されているのです。さらに学習指導要領には解説編という別冊があり、そこでは更に内容の補充がされています。
もし本気で「資質・能力」にシフトしていくのであれば、内容は「何を学ぶか」という「目的」ではなく、「何で学ぶか」という「手段」に変わっていくべきなのではないか、そしてそれを細かく指定する必要は無く、様々な選択が許されても良いのではと思います。
いづれにせよこの部分は思い切った見直しが望まれるところです。
次の項目4では柔軟な教育課程について検討されています。
「多様な個性や特性、背景を有する子ども」に対応するためには柔軟な教育課程の編成・実施が必要になることは誰もが認めることでしょう。しかし「学校教育法施工規則」によると教育課程は学習指導要領を基準として編成・実施することが定められています。そこで問題になるのが「基準」という言葉の意味です。全く逸脱が許されないのか、それともある程度の学校裁量が認められるのか、もし認められるのであればその範囲はどれぐらいなのか、そういったことを現状に合わせて決めていく必要があるのです。その匙加減は相当難しい選択になると思います。
ちなみに生野学園が指定を受けた「学びの多様化学校」は「特別の教育課程を編成し実施できる学校」であり、学校の裁量が一般の学校より多く認められている学校です。それでも自分の感覚からするとまだまだ自由度が足りないと感じます。もっと学校裁量の範囲を広げるか、学習指導要領そのものに自由度を持たせるといった改革が望まれるところです。
項目5では学習指導要領を実現していく上での現場の負担軽減を、カリキュラムや教科書の見直しといった側面と、学校システムの改善という側面の両面から議論されていきます。たぶん学校というシステムを変えていくのは相当の時間がかかるのではと思いますが、必要なことは間違いありません。
そして最後の項目6では学習指導要領と解説の形態、そして改訂のプロセスといった学習指導要領のあり方そのものを見直していく視点も必要なのではという提起がされています。確かにこれまでの学習指導要領の枠組みの中では対応しきれない問題に直面しており、この枠組みそのものの見直しも考えていく必要はあると思います。
最後になりますが、「論点整理」の中でオヤっと思った箇所があります。それは項目1の中で述べられていたことで、少し長くなりますが引用してしておきます。
学校の本質的な役割の再認識
・新型コロナウイルス感染症拡大の防止のための臨時休業や様々な接触防止の対策等
を経る中、学力の保障のみならず、全人的な発達・成長を保障するという役割、他者と
安全・安心につながることができる居場所・セーフティネットとしての福祉的役割など、
学校が持つ様々な役割が改めて実感を伴って理解された。
・学校は、学年・学級という生活を共にする集団の中で、多様な他者に出会い、共感や軋
轢の中で自己を知り、高めるとともに、他者とどのように共存するかという、社会を形
成していく上で不可欠な人間同士のリアルな関係づくりを子供たち相互の関係で学ぶ
貴重な場となっている。
・このような多様な背景を持つ児童生徒が学ぶ場所としての学校の役割は、包摂的で、
他者への信頼に基づく民主的・公正な社会を実現していく基盤として一層重要となって
おり、社会の分断や格差を防ぎ、持続可能な社会の創り手を育てる観点からも更なる
充実が必要。この点について考える際、教育基本法、学校教育法等の教育関係法規に
加え、令和5年度から施行されているこども基本法の趣旨・内容も踏まえることが重要。
この部分がどういう流れで出てきたのかはいまいち定かではないのですが、学校の役割そのものを再認識していくべきという意見には大賛成です。