「子どもたちに民主主義を教えよう」を読んで
今月は最近読んだ「子どもたちに民主主義を教えよう」という本を紹介しようと思います。
著者は麹町中学校の元校長であり現在は横浜創英高校の校長をされている工藤勇一さんと、哲学者・教育学者の苫野一徳さんです。

まず著者の二人を簡単に紹介しておきます。
工藤さんは麹町中学校校長のとき、固定担任制の廃止、宿題・定期テストの廃止などを実現されたことが話題になったのでご存じの方も多いと思います。自分も「公立の学校でこんなことができるのか」と驚き「すごい人がいるものだ」と感心した記憶があります。ただ、工藤さんは学校という場所を「子どもたちが自ら考え、自ら判断し、自ら決定し、自ら行動する資質」つまり「自律」する力を身に着けていく場所にすることを一貫して目指してこられ、そのために生徒、保護者、教員それぞれが当事者意識をもって様々な問題を対話的に解決していくことを粘り強く実現されてきた方です。ですから上記の諸改革はむしろその結果として達成されたものと言えるでしょう。
一方の苫野さんは哲学者として物事をとことん考え、根源的なところから理路整然と語られる方で、豊富な知識を背景に展開される論説はわかりやすく説得力に満ちています。特に「公教育の目的は、人が自由に生きるためには他者の自由も認めなければならないという『自由も相互承認』の感度を育むことにある」というご主張は教育を考えるうえでの礎になるものだと思っています。

そんなお二人が今回「民主主義」ということを前面に出した本を出版されたことはとても深い意味を持つのではと思います。
以前この雑感でも取り上げましたが、日本では「民主主義」というものの捉え方がまちまちで、「タテマエ」とか「きれい事」のように捉える人がいたり、「民主主義=多数決」という誤解も多く流布している状況があります。そんな中で「民主主義」という言葉を使うことは誤解や反発を招く恐れもあるのです。実際に工藤さん自身がこれまでは「気軽にそれを使うと、対立を生み、むしろ学校改革の妨げになる可能性も実感」されており、「これまでは意識的に「民主主義」という言葉を使わないようにしてきた」と言われています。
今回あえてその封印を解かれたことには、苫野さんとともに「民主主義とはいったい何か」をはっきりさせ、それを学校教育の目標としてしっかりと位置づけようとする並々ならぬ決意が感じられるのです。

本の内容については実際にお二人の対話を読まれるのが一番ですが、自分が受け取った大まかな話の流れを以下にまとめておきます。

民主主義とは多数決で少数意見を切り捨てることではなく、自由の相互承認というルールのもと、対話を通して対立を乗り越え、誰もが納得できる合意(一般意志)を形成していく過程である。
そしてそれは平和で持続的な社会を実現するための唯一の手段である。
ただ対話を通した合意形成は誰もがはじめからできるわけではなく、その力をつけることこそが学校教育の役割である。
そのためには子どもたちに任せることを増やし、生徒が当事者として自分たちで考え、議論し、対立を超えた合意を形成していく実際の経験をすることが重要である。

ところがこれまでの日本の教育には様々な問題点があり、結果として「決められたことに従順に従う子どもを育てる」という真逆のことをしてきた。日本の将来を考えるとこうした教育は早急に終わらせ、学校を民主主義を教える場所にしていく改革が必要である。
そして、この変革は文科省や教育委員会が主導するものではなく、自分たち一人ひとりの教員が当事者として始めていくべきものであるし、十分に実現可能なものである。

そして最後にこうした改革に向けて、工藤さんの豊富な経験を元にした貴重なアドバイスが語られています。

一読して感じたのは多くの教員の方にこの本を読んでほしいということです。
工藤さんが話されているように、日本の教育を変えていく可能性が最も高いのはトップダウンではなく「現場の意識が変わる」ということであり、この本の内容に共感した教員たちが自分のできることから少しづつ「子どもたちが自分で決める」ことを増やしていけば日本の教育は確実に変わっていくのではないかと思います。
現状を正面から批判することで学校内に変な対立構造作ってしまうのではなく、可能なことから対話的に変えていけば、確かに生徒、教員、校長、保護者の意識は変化していくと思います。そしてそれが全国の様々な学校で実現されていけば一つの大きな流れにつながっていくのではないでしょうか。
そこには困難な状況の中で数々の成果をあげてきた工藤さんのしたたかな戦略を感じます。
そしてこうした流れの一貫性を保つためには民主主義に対する共通了解が欠かせません。民主主義とは何か。なぜ平和で持続的な社会を築くためには民主主義が必要なのか。そういったことを一人ひとりが腑に落ちるまでとことん考えてみる必要があり、そこでは苫野さんの言説が格好のガイドになると思います。

もう一つ感じたことはお二人が示している改革の方向が生野学園が目指してきたことととても近いということです。
生野学園では創立以来多くのことを子どもたちに任せてきました。行事はすべて子どもたちが企画し、実行委員会を作って開催します。各委員会もすべて希望者がなり、自分たちで活動の内容を考え決定していくのです。また寮の部屋割りや修学旅行の行き先などといったことも子どもたちが話し合って決めていきます。
そして、その過程で「自分たちで考え、議論し、決定し、実行する」という実際の経験をし、子どもたちは逞しく成長していくのです。
そうした子どもたちの姿を目の当たりにする中で、単なる知識ではなく実際に物事を対話的に解決していく力はこうした経験の中ではじめて身につくものだと確信するに至りました。
ですから「子どもたちに任せる」という改革の方向性には諸手を挙げて賛成したいと思います。

以上、簡単に紹介させていただきましたが、この本は今後の日本の教育を考える上でとても重要なものになると思います。
ぜひ読まれることをおすすめします。
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