新学習指導要領を実施することの難しさについて
先日、兵庫県の普通科高校の校長先生が集まる会合に初めて参加して来ました。
これまで参加していなかったのは不登校を経験した子どもたちだけを対象とする生野学園と普通の高校ではかなり状況が異なり、協議される内容も生野学園には当てはまらないことが多いのではないかと思っていたことが主な理由です。それでも毎回欠席するのは申し訳ないし、他校の抱えている課題を知っておくことも意味があると思い今回は足を運んでみたのです。実際に参加してみると今の在普通科の高校が直面している課題を生の声で聞くことができて有意義な時間を過ごせたと感じています。
この会合での主なテーマは今年度の新入生から段階的に実施される「新学習指導要領」にどう対応していくのかということでした。会合で行われた研修や実践発表を聞いて学習指導要領が変わるということの重大さを改めて認識させられました。
今回はそのことを考えてみようと思います。

この雑感でも何度か取り上げていますが新学習指導要領では「主体的で対話的で深い学習」が目指されています。もう少し具体的に言い換えると「生徒が自分たちでテーマを決め、必要な情報を本やネットで集めたり、観測や実験をしてデータを取得したりして、それらをもとに自分たちで考え、議論しながら理解を深めていき、得られた成果を自らの言葉で発表する」といったことが求められているのです。
もちろん教科によって実際の取り入れ方は様々だとは思いますが、目指されている方向は変わりません。
そしてこれはものすごく大きな変化なのです。
というのはこれまでずっと行われてきた「知識伝達型の授業」、つまり教師が教壇に立って説明し、それを生徒たちがが聞き理解していくという授業を根本から変更することが求められているからであり、さらにこの変更は教師が身につけるべき資質、スキルさえも変えてしまうと思われるからです。

これまでの授業であれば教師は自分が教えるべき内容をしっかりと理解して「どうしたら生徒たちに伝わりやすいか」を考え、いろいろと工夫しながら教えていけばよかったわけで、生徒たちからすれば丁寧にわかりやすく説明してくれて覚えるべき重要なポイントを教えてくれる先生が「良い先生」であったわけです。

ところが今回の変更は端的に言えば教師に「教えるな」と言っているのです。
教えるのではなく学習の主体である生徒たちが自ら気づき理解していけるような環境を整え、生徒がつまずいたときなどは適切なアドバイスをして修正していくというコーディネーター的な役割が求められるようになったのです。

現場の先生方にとってこの変化は相当に大変なことだと思います。
そもそも今の先生たち自身が「知識伝達型の授業」で育ってきたわけで、自分たちが全く経験したことのない授業をしなければならないし、いったんついた「教え癖」は簡単に無くなるものではありません。
またこれまでであれば教科書の内容に精通していれば済んだものが、これからは生徒たちが選んだ様々なテーマに広く対応しなければなりません。先生たちも様々なことを調べ新たな知識を身に着けていく必要があるのです。
先述の会合でも校長先生たちがいちばん懸念されていたのは自分自身を含めた先生たちの意識改革や新たなスキルを身につけることの難しさでした。

こうした流れをみると、たぶん今後の教育現場では新指導要領に対応するための先生方への研修が進み、変化を要請されていくのでしょう。

しかし、ただでさえ授業以外の多くの業務を抱えている先生方にさらなる負担を強いるのは酷ではないかと思うのです。
昨今よく指摘されていますが学校の先生達の労働環境は、遅くまでの残業やクラブ活動での休日出勤などかなり劣悪であり、そのため教員志望の若者が減少し全国期に教員不足の問題が表面化しています。

今回の新指導要領の理念そのものには全く異論はないのですが、それを実現するためにはこうした状況を改善することが先決ではないでしょうか。
まずは教員の労働状況を改善し、教員を増やして一人あたりの担当する生徒数を減らすことがなによりも必要だと思います。

以前「ヴィゴツキー心理学」の紹介でもお話したことですが、子どもたちの認識の発達は段階的にすすんでいくので、子どもたちが自分自身で理解していくためには、今はまだ理解できていないけどあと少しで理解できる「発達の最近接領域」を把握し、それに見合った課題や教材を準備することが必要です。しかも子どもたちの認識の発達は一人ひとり異なるので、教師はそれぞれの生徒の状況を把握し、きめ細かく対応して行かなければならないのです。
そのためには担当する生徒数はなるべく少ないに越したことはありません。

これまでの「知識伝達型授業」であればある程度クラスの人数が多くても可能だったかもしれません。しかしそのクラスの人数はそのままで「主体的で対話的で深い学習」を実現せよというのはあまりに虫が良い話のような気がするです。
もし本気で新指導要領の内容を実現していこうとするのであれば、教育のための予算を思い切って増額することが不可避だと思います。
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