人間にとっての10代後半
毎月一回この「校長雑感」を書き始めて5年が過ぎました。前回の「戦争について考えてみる」がちょうど60番目の文章になります。実はだんだんとネタも尽きて、毎月ギリギリにならないと書けないので、しばらく前まではこの「雑感」も5年で区切りをつけようかと思っていました。
ただ期日が迫ってくると「本当にやめてしまっていいんだろうか」という迷いが生まれてきました。負担ではあるけど、この文章を書くことが自分の考えを整理するきっかけにはなってきたのは事実で、ここでやめてしまうとそうした機会がなくなってしまうのではという気もするのです。
結局あれこれ悩んだ結果、もう少しは続けてみようと思い直し、今月もギリギリになって書き始めた次第です。

「雑感」を書いてきて気づいたことが一つあります。
それは取り上げさせてもらった話の題材、内容、アイデアは自分が10代の後半から20代のはじめに考え、身につけたものが多いということです。もちろん歳を取ってから見聞したこともお話ししているのですが、それを考察していくための判断基準のようなものはやはりこの頃に獲得していたように思われます。改めてこの時期が自分にとって重要であったことに気付かされました。

たぶん自分に限らず、多くの人にとってこの時期はその後の自分の在り方が決まっていく重要な時期なのなのではないかと思います。
そのことを歴史学者の阿部謹也さんがある講演で指摘されています。
直接には大学の「一般教養」の重要性について述べられたお話ですが、達見だと思うので引用させてもらいます。

「自分がどのような人間なのかを知る。これが一般教養の核心なのです。そのために、自分と自分の過去を考える。両親、兄弟といった家族。高校、中学、小学校の先生。そして自分を育んでくれた社会。さらに、その外側にあってその地域を規制している国家あるいは社会。そういうものと自分との関係を知ることだろうと思うんですね。そして、そういうものを中心に抱いている自然、あるいは地球、もう少し広げて宇宙といったものを知ること。これが一般教養の意味なんです。」

10代の後半というのは色々な力がついてきて「自分とは何か」という問題に立ち向かい、自分と自分を取り囲む世界について学んでいく中で自分自身を形成していく時期だということを阿部さんは指摘されているのだと思います。

そして阿部さんがこの話しをされた背景にはたぶん「一般教養なんかに時間をかけるよりは早くから専門的な教育をすべき」という風潮への懸念があります。
教育を効率の面からばかりとらえれば、手っ取り早く「役に立つ人材」を育成するために、なんの役に立つかわからない一般教養なんかよりも、早くから専門教育に力を注ぐべきなのかもしれません。ただそれでは人間にとって本当に重要な「自己形成」がおろそかになってしまう。むしろ必要なのはゆっくりとした時間の中で、しっかりと自分に向き合い、一見役に立たないようなことも「自分との関係」という視点から学んでいくことが大切であり、長い目で見ればそこで身につけた知識や能力こそが生きていく上で役に立っていくのだと指摘されているのではないでしょうか。

自分自身の経験で言えば、この時期に哲学科の学生だった兄の影響もあってだいぶ「背伸び」してさまざまな哲学書を読んでみたり、先月お話ししたように「なぜ戦争は起きてしまうのか」という疑問からファシズムや経済学の本を読んだり、また当時話題になっていた分子生物学の本なんかも読んでみました。さまざまなことに興味を持ち世界が一気に広がったという印象があります。
そしてそんな中でいろいろと考えた経験が今の自分を形成していったと思います。

例えばある哲学書にふれるなかで「主体性とは何か」を考えてみたことがあります。一般的に言えば「主体性」というのは「自分の意志や判断でみずから行動すること」なのですが、「そもそも主体とはなんなのか」と考え出すとたちまち厄介で難しい問題になります。あれこれ考えた内容については長くなるので別の機会にお話し出来ればと思いますが、以来自分にとって「主体性」は重要なテーマになりました。
30代半ばになって知人に生野学園を紹介され森下先生のお話しを聞いた時「ここなら主体的に生きられそうだ」と直感しました。生野学園の建学の精神である「自然出立」が自分の考える「主体性」に通ずるように思ったのです。それがたぶん今自分がここにいることにつながっていると思います。逆に言えばもし10代後半に「主体性」ということについて考えていなければまったく別の人生を生きていたのかもしれません。

阿部さんの講演ではイギリスの小説家アラン・シリトーが語った「人間は20歳までに40歳までの準備が全部できる」という言葉を紹介されています。もしかすると自分が生野学園に来たことも既に準備されていたのかもしれません。
そして60代半ばになった今も当時の「準備」をネタに文章を書いている次第です。
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