早い梅雨明けに思う
-- 気象現象の理解について --
あっという間に梅雨が明けてしまいました。
各地で観測史上最短の梅雨であったと報じられています。観測は1951年に開始されたとのことですので、約70年間で最も短い梅雨だったことになります。
また早い梅雨明けの影響で多くの地域で6月としては最高の気温が観測され、兵庫県でも6月29日に豊岡市で38,4度を記録するなど、本当に暑い日が続いています。
その一方で梅雨前線が北上したため普段は梅雨のない北海道で雨が続き、河川の氾濫が心配されている状況です。
似たようなことは2018年にもあり、そのときは一旦北上した梅雨前線がその後九州まで南下し、記録的な土砂災害をもたらしたのでした。

今年の梅雨が記録的に短くなった原因として挙げられるのが「偏西風の蛇行」です。
偏西風というのは地球の中緯度地帯の上空に吹く風で、地球の自転と大気の温度差によって生じます。偏西風の南側は高温・高気圧で北側は低温・低気圧になっているので、偏西風の流れが変化するとその場所の気候が変わるのです。
今回は日本付近で偏西風が北側に蛇行したため、太平洋高気圧が北上して梅雨前線が押し上げられたことにより記録的に短い梅雨となったと説明されています。

では「偏西風の蛇行」はなんで起きたのか?
当然そうした疑問が生じます。
これに対して用意されている答えは「エルニーニョ・ラニーニャ現象」です。
エルニーニョ・ラニーニャ現象というのは赤道付近の太平洋の海水温の状態が数年おきに変化する現象で、通常は西のインドネシア付近の海水温が高く、東に行くに従って徐々に低温になっていくのですが、高温の海域が広がり東のペルー付近まで高温になるのがエルニーニョ、逆に低温の領域が西の方に広がるのがラニーニャ現象です。
そして今はラニーニャ現象が起きているので、温かい領域がインドネシア付近に集中し、この海域で盛んに積乱雲が発生するため大気温度の分布に変化が生じ、それが偏西風に影響を与えているというのです。

報道されている解説をみるとだいたい上記のような説明がされていますが、どうも「分かったような気にさせられている」という印象が拭えないのです。
たぶん実際にはもっともっと様々な要因が絡んでいるはずですし、ラニーニャ現象だけで偏西風の蛇行を説明するのも無理があると思います。またそもそも「なんでラニーニャ現象が起きているのか」と考え始めるとキリがありません。

以前にもお話したことがありますが、因果関係の鎖をたどるということにはキリがないし、そもそも因果関係は一本の鎖のようにつながっているわけではありません。当然、分岐したり結集したりするし、さらには結果が原因に影響を及ぼすというループも考えられます。
たくさんの要素が互いに影響を及ぼし合う現象、専門用語を使えば「非線形現象」「複雑系」といった分野に属する現象も多いのです。

ですから気候のような複雑な現象を単純な因果関係で説明すること自体が不可能であり、地球全体を含む複雑でトータルなシステムとして考えていかなければならないのです。
そして、そのためには対象の本質を捉えたモデルを作ることが必要となります。

一般に物理現象は「微分方程式」というもので記述されるので、複雑な現象のモデルは複数の微分方程式を組み合わせたシステムとして作られます。

ここで少しだけ数学的な話をしておくと、中学で学習する1次や2次の方程式はすべて解くことができて、解けば方程式を満たす数値が求まります。これに対し「微分方程式」は解くこと自体が非常に困難で、解(式を満たす関数)を求められるのはごく単純なものに限られます。
ですから気象のような複雑な現象はたとえモデルを構築したとしてもその方程式を「解く」ことはほぼ不可能なので、昔は「手の出しようのない分野」だったのです。
ところがコンピューターの出現が状況を一変させました。厳密な解は求められなくても、コンピューターの圧倒的な演算能力を使って繰り返し計算させることで、厳密な解に限りなく近い「近似解」を求めることができるようになったのです。
モデルを構築しコンピューターに「近似解」を計算させる「コンピューターシミュレーション」という手法が確立したわけです。

これにより気象現象を解明する過程は、モデルを構築しコンピューターにシミュレートさせ、出てきた数値と実際に観測されたデータを比較し、もし乖離があるのならモデルを改良したり作り直すという「試行錯誤」をしながら、より良いモデルを構築していくという流れになりました。そして予測と観測データがほぼ一致するモデルが出来ればその現象が「解明された」ことになるわけです。

ところで、一口に気象現象のモデルと言っても、対象とする分野によって、天気予報のような短期的な気象の予測をする「数値予報モデル」、エルニーニョ・ラニーニャ現象のような「特定の現象を対象とするモデル」、地球全体の長期的な気候変動を予測するための「気候モデル」など、様々な分野があり、それぞれで研究が進められています。

中でも1~2週間ほどの短期的な天気を予報をする数値モデルはかなり進化しているようで、予報が当たる確率は以前に比べかなり高くなってきた印象を持っています。現在もっとも正確なモデルとされているヨーロッパ中期予報センターのデータ(全地球を対象)なども公表されており、それを利用したアプリがスマホでも使えるので自分も大いに利用しています。

また「気候モデル」の分野では二酸化炭素と地球温暖化の関係の解明が進んでいます。これは何十年先までの長期にわたる予想ではありますが、システムそのものは比較的シンプルなので解明しやすいのかもしれません。CO2の排出量に応じた今後の予想気温のデータが公表され「温暖化を抑えるためには脱炭素化、再生可能エネルギーへの転換が焦眉の課題である」という認識がかなり広まってきたと思います。

その一方で今回の早い梅雨明けの一因とされる偏西風の蛇行などといった「異常気象」をもたらす現象の解明は、自分の見識が狭いのかもしれませんが、まだまだという印象があります。要因が多く複雑な上に、予想のタイムスパンも「数値予報モデル」よりは長いためになかなか難しいのかもしれません。ただこの分野の研究が進めば災害対策などに役立つので解明が待たれます。
また地球温暖化が近年の異常気象にどこまで影響しているのかもぜひ知りたいところです。
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