9年間を振り返って
「校長雑感」を書き始めて丸々9年が経ち、今回が108回目。ちょうど仏教の言う「煩悩」の数と同じになりました。
そこでこの間にいったい自分がどんなことを考え、何を書いてきたのかを一度振り返ってみようと思い、先日書いたものをすべてNoteBookLMに読み込ませてみました。NoteBookLMというのはGoogleが提供しているツールで、データを読み込ませるとAIがそれを解析し、様々な質問に答えたり、スライド、音声解説、マインドマップ等の資料を自動で作成してくれるものです。今回読み込ませた107回分のデータは一回あたりだいたい2500字くらいはあるので、人間が読もうと思えばそれなりの時間を必要とします。ところがAIは一分もかからないかという時間で読み込んでしまい、例えば「このソースが何を言おうとしているのかまとめて」と聞くと、あっという間に答えを作成してくれるのです。
参考までにその答えを以下に貼り付けておきます。

ーーーNoteBookLMの答えーーー
ソースが示している「校長雑感」の主な内容と変遷は、以下のテーマに分類して説明できます。
1. 学園の日常と生徒たちの姿 毎年の入学式や卒業式の式辞録が定期的に掲載されており、生徒たちへのメッセージが語られています。また、全寮制という特徴的な環境での寮生活の様子や、川遊び、山登り、ビリヤード台や石窯(ピザ窯)の自作など、自然やものづくりを通じた豊かな実体験が記録されています。

2. 教育論と哲学・心理学からの考察 先の会話でも触れた学園の教育理念(自主性、対話、失敗の大切さなど)を深掘りするため、様々な書籍や理論が紹介されています。エーリッヒ・フロムや岡潔、ヴィゴツキーの心理学、イエナプラン教育、オープンダイアローグなどを引用し、読解力の低下や正しい推論、複雑な事象を理解する方法といった本質的なテーマを探求しています。

3. 激動する社会情勢と学校運営(コロナ禍など) その時々の社会的な出来事や危機への対応がリアルタイムで綴られています。
社会問題: 所得格差や地球温暖化(アマゾンの森林火災など)、ロシアによるウクライナ侵攻、地方の人口減少に伴う路線バスの撤退などが取り上げられています。
新型コロナウイルス: 2020年から2021年にかけては、休校措置や感染予防、またコロナ禍での学園祭の開催など、未知のウイルスに対する学校としての葛藤や対応策が多くの月で語られました。

4. テクノロジーの進化とAI時代の教育 時代の変化に伴い、テクノロジーに関する話題も変遷しています。当初はYouTube人気やプログラミング教育、「AIの限界」などが語られていました。しかし2023年以降は、ChatGPTの登場やOpenAIの「o1」、Googleの「Gemini 3」など、生成AIの飛躍的進化に直面し、「AI時代に必要な力(問う力や意味へのこだわり)」へと議論が深化しています。

5. 教育制度への意見と学園の新たな歩み 新学習指導要領の実施や「論理国語」の新設、教員不足、不登校生徒の増加、高校無償化の議論など、マクロな教育行政に対する見解も示されています。同時に、生野学園が文部科学大臣から「学びの多様化学校(不登校特例校)」として高校(2023年度発表)および中学校(2025年度発表)の指定を受けたことなど、学校自体の制度的な進展も報告されています。

総じて「校長雑感」は、一人の教育者が目の前の生徒たちと向き合う日々の実践記録であると同時に、気候変動やパンデミック、AIの進化といった激動の時代において「これからの教育はどうあるべきか」を継続的に問い続けた思索の軌跡であると言えます。
ーーーNoteBookLMの答え終了ーーー

うまくまとめるものだと思います。
使う側はこのようにまず全体像を提示させて、さらに細かい質問をしていけば「何をどう語ったのか」を簡単に掘り下げていくことができるし、必要な部分の資料を作成させることも可能です。

こうしたAIツールを使うと「ほんとうに楽になったな」と痛感します。しかし同時にこの「楽さ」に甘んじてしまえば人間の思考力が衰退するのではという危機感も感じます。楽になったことで生じた余裕をさらに深く考えることに使えば、AIは人間の力を拡大する有用なツールになると思います。しかし、現実的にはそういう使い方がなされない可能性も高いのではないでしょうか。とくに教育の場では注意が必要であると感じます。

NoteBookLMによる分析をすすめます。
「キーワードをいくつかあげてみて」と質問したところ、はじめにあげたのは「自主性・主体性」という言葉でした。これは納得のいく回答です。
2023年5月の「中動態の世界を読んで」と6月の「主体性について考える」で書かせてもらいましたが、自分にとって「主体性」というのは重要なテーマなのです。
簡単に振り返っておくと、高校生のころ当時流行っていたフランス現代思想の影響もあってデカルトのコギト「我思うゆえに我在り」に疑問を持つようになります。たとえば「考える」とか「気付く」という行為を観察すると「私が考える」とか「私が気付く」というよりは「私の中に考えが浮かぶ」「私に気付きが訪れる」といった方がより正確なのではないか。その意味でこれらの行為は「能動」というよりは「中動」という方が正確であり、「能動的な主体」というものはそもそも存在しないのではないかと思い至ったのです。
そして「ではいったい主体性とはどういうことなのか」という問いに直面したわけです。「主体の不在」が「主体性」について考えるきっかけになるというパラドキシカルなスタートでしたが、それが自分のテーマのひとつになったように思います。

以来いろいろ考えてきましたが、前述の「主体性について考える」の中では「主体的である状態」を次のように書かせてもらいました。
『「自分というシステム」の中から「こんなことをしたい」「あんなことをしたい」という意欲が湧き出てきて、それに従って生きる中で楽しさや喜びを感じる状態、様々な考えやアイデアが思い浮かび自分自信が変化していく状態、何かの対象に関わるなかで我を忘れて没頭している状態、そんな状態が「自分というシステムが活発に機能している」イメージです。』
これは生野学園の建学の精神「自然出立」にも通じるものがあると感じています。

そして、たぶん自分の中にはこうした状態を「善し」とする根本的な価値観があり、それがこれまで書いてきたことの根底にあるのでしょう。自分が「主体性」というキーワードに納得したのはそうした経緯があったからだと思います。

またこうした主体的な状態にいたるためには「教育の在り方」がきわめて重要になります。
それについては様々なところで何度も書かせてもらったので詳述はしませんが、2021年12月の「気づきや発見にともなう喜びについて」で書かせてもらった、学習で「楽しさ」「喜び」を大切にすることこそが核心だと思っています。
つぎに自分が大きな関心を寄せているAIに対する考えの変遷をNoteBookLMにまとめさせました。これもうまくまとまっていると思うので以下に貼り付けておきます。

ーーーNoteBookLMによるまとめーーー
生野学園の「校長雑感」におけるAIに対する考え方は、2018年から2025年にかけて、AI技術の現実的な進化に伴って劇的な変遷を遂げています。そのプロセスは大きく4つの段階に分けることができます。

1. 「AIの限界」の認識と読解力の重視(2018年度) 当初、AIに対しては「限界があるもの」という見方をしていました。2018年12月にはベストセラー本『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』を取り上げ、「AIの限界」について言及しています。この時期は、AIにはできない人間の力として「読解力」や、その基盤となる「対話の重要性」に重きが置かれていました。

2. 生成AI登場による衝撃と認識の転換(2022年度末) 2023年に入り(2022年度の2月・3月)、ChatGPTの登場によって認識が大きく変わります。人間の質問に対して自然な文章を生成するAIを目の当たりにし、「これまでのAIでは考えられない」ほどの進化であると衝撃を受けています。さらに翌月にはGPT-4やGoogleなどの対話型AIが次々と発表される状況に触れ、AIをめぐる急速な変化を実感しています。

3. 深い推論への進化と教育現場での「実践」(2024年度〜2025年度前半) 生成AIの進化は止まらず、2024年12月には数学や物理、化学などでより深い推論ができるOpenAIの「o1」の発表に直面し、その「飛躍的進化」に驚嘆しています。また、単に脅威として捉えるだけでなく、2025年6月には校長自身が気圧計(子どもたちの教材用のキット)を作るために「AIにコードを書かせてみる」という実践的な活用も行っています。

4. 「AI時代」の教育の再定義:意味へのこだわりと「問う力」(2025年度後半) Googleの「Gemini3」などがリリースされ、AIが日常生活に浸透していく中、考察は「AI時代の教育はどうあるべきか」という本質的な問いへと深化します。AIと人間の違いを改めて振り返り、答えや知識をAIが簡単に出せる時代だからこそ、教育は徹底して物事の「意味」にこだわるべきだと結論づけています。そして、これからの人間に最も必要な力として、自ら課題を見つける「問う力」を挙げています。

まとめ 最初は「AIの限界(AIにはできないこと)」を起点に人間の読解力を説いていましたが、生成AIの劇的な進化に直面してからはAIの圧倒的な能力を認め、最終的には「AIが答えを出せる時代に、人間はどう問いを立て、どう意味を見出すか」という、これからの教育の新たな存在意義の模索へと大きくシフトしていったことがわかります。
ーーーNoteBookLMによるまとめ終わりーーー

AIの飛躍的発展はこの間に起きた最も大きな変化だと思っています。今後も賛否に関わらず、もっともっと様々な分野でAIは使われていくことになり、人類はかつて直面したことのないような変化を経験するのではないでしょうか。
その時代を子どもたちが生きていくために必要な力については2025年11月の「AI時代に必要な力」、12月の「AI時代の教育に必要なこと」、2026年1月の「AI時代に必要な問う力」の3回にわたって書かせてもらいました。
そして生活を基盤とした体験的な学習を重視してきた生野学園の教育はこの時代に合ったものだと自負しています。
ただ最近はこれに加え、人間の社会がどのように変遷してきたのかを大きな視点からとらえるための歴史的な知識も重要だと考えています。変化の大きい時代であればこそ、そこに至る大きな流れを理解しておくことが欠かせないと思うからです。その際にも単なる知識ではなく意味をしっかり考えることが重要なのは言うまでもありません。

「雑感」では様々な社会的問題も取り上げさせてもらいました。
格差社会、ロシアのウクライナ侵攻、コロナ禍、気候変動問題、経済問題等々。
これらに対しては残念ながらいまだに危惧することが多い状況です。
コロナ禍は幸いオミクロン株への推移により弱毒化して収まりましたが、ロシアによるウクライナ侵攻は泥沼の状態だし、気候変動の問題も各国の足並みがそろわず進展が見られません。日本経済の状況も先行き不透明です。さらにイランでの戦争も始まり世界への影響が懸念されています。
人間社会にはまだまだ解決できない問題が山積みのようです。
そんな中にあって一人ひとりの人間に出来ることは微々たるものですが、教育においては心がけるべきことがあると思っています。それは自分たちの生きている社会がいったいどのように成立してきたのかを理解することです。そのためには先ほど述べたように人間社会の大きな歴史の流れを学ぶこととが大切に思います。とくに「民主主義」の社会に生き、その恩恵をあずかっている者として、あらためてその成立過程と意味を考えてみることが欠かせない感じています。
教育の今後の課題ではないでしょうか。

以下は余談です。
生野学園のウェブサイトはアクセス解析をしているのでこれまで書いてきた「雑感」のアクセス数も解ります。
そのデータによると、アクセス数が最も多いものは2022年12月の「カントの定言命法について」という一文です。あまり自信を持って書いたものではなかったので意外でしたが、なぜかGoogle検索の上位にあがっていたのです。
哲学の門外漢である自分の文章で本当に良いのか不安にもなりますが、多くの人に読んでいただいたことは光栄な事と思っています。「定言命法」は簡単に行ってしまえば「外から与えられるのではなく自分自身の中に行動規範をもて」ということですので、これから先の変化の時代に生きるためには重要になるのかもしれません。

以上、とりとめもなくNoteBookLMの力も借りて9年間の振り返りをしてきましたが、じつは今回をもって筆を置くことになりました。毎月書く負担は大きかったものの、自分自身の考えを整理する機会には間違いなくなったし、自分という「引き出し」の中にあるものはほぼすべて出し尽くせたのではないかと感じています。
長い間ありがとうございました。
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