「AI時代」に必要な力
11月18日にGoogleが新しいAI「Gemini3」をリリースしました。すでにウェブ検索にも組み込まれているのでこの新しいAIに接した方も多いかと思います。「かなり進化している」という報告を目にし、自分も興味深く使い始めたところです。

まずはじめに試したのはプログラムのコーディングです。6月の「雑感」でお話したようにこれまでもAI(Gemini2.5)を使ってコーディングをしており、「問題もあるけど相当使えるな」という印象をもっていたので、どれだけ良くなっているのが楽しみでした。
今回コーディングさせてみたのは、以前に紹介したことのある「ペントミノパズル」の解答を調べるプログラムで、使用言語はC++です。Gemini3は数学者のDonald Knuthが提唱したというアルゴリズムを使ったコードを出してきました。さっそく走らせてみると問題なく動き、修正は必要ありませんでした。
しかも効率が素晴らしく、以前に自分が苦労して書いたコードでは処理に数分かかっていたものが、Gemini3のコードはほんの数秒で終了したのです。もちろんこれはKnuthのアルゴリズムが優れているからではあります。ただそのアルゴリズムを知っていて、かなり複雑な処理をミス無く実装していることに驚きました。正直、完敗です。

ウェブで情報を集めるとGemini3の大きな特徴として「マルチモーダル」というものが指摘されています。これは言語だけではなく、画像、音声なども同一のモデルで扱えるといことのようです。今のAIはあくまで「大規模言語モデル(Large Language Model)」であって、実際に使われている言語を徹底的に学ぶことで巨大で緻密な言語のモデルを築き上げたものです。これに対しGeminiを開発しているGoogle DeepMind社は当初から言語だけではなく画像や音声もデータ化してモデルに組み込んでいく方向をとっていたとのことです。その成果がGemini3で現れ、画像や音声処理の分野で大幅な進化が達成されたようです。
例えば「こんな感じのWebページをつくって」と指定すると、すぐに意図に沿ったコードを生成し、かなり「いい感じ」のページを作ってくれたという記事がアップされていました。またPowerPointでプレゼンする内容を伝え、画像データの生成を頼んだところ一瞬で意図に見合った画像を生成できたという報告もありました。
これまで人間の感覚が必要だった分野にもAIが進出してきた印象です。
こうしたAIの進化をみると今後は人間がコードを書いたり、画像を制作するケースはどんどん減っていき、必要なのは「言葉でAIに正確な指示を出すこと」になってくる気がします。

ChatGPTの登場以来、これまでさまざまな角度からAIについて書いてきました。そのつど新たな進化を遂げていく状況を見て、いま感じているのは「AIは間違いなく人間の社会に大きな変化をもたらす」ということです。さらにそれは「人間の在り方」そのものにも大きな影響を与えると思います。

ではそうした「AI社会の到来」の中で人間はいったいどんな力をつけたら良いのか?
以下、それを考えていきたいと思います。

これに関しては、大きく二つの分野に分かれます。
一つは「AIを使いこなす力」であり、もう一つは「AIにはない人間独自の力」です。

まず「AIを使いこなす力」から考えてみます。
AIを使うということは「AIに何らかの課題を解決させる」ということだと思います。
ですからまず必要なのは「課題を見つける」ことで、そのためには自分が置かれている状況を把握して、どこに問題があって何を解決する必要があるのかを見つけていく洞察力、判断力が重要になります。間違った課題を解決させたのでは何にもなりません。もちろんこれはAIを使わない場合にも必要な「基本中の基本」ではあります。でもAIの時代が来てもその必要性はまったく変わらないと思います。

次に必要なのは見つけた「課題」を言語で正確に表現してAIに伝えることです。これには語彙力、表現力、そして論理的な思考力が必要になると思います。さらにAIの特性をふまえ、伝わりやすく整理するテクニックも重要になるでしょう。

もう一つ必要なのはAIの出してきた解答を吟味する力です。AIの能力はどんどん高くなってきていますが、根本は「一番確率の高い言葉を選ぶ」ものですから原理的に間違いを排除できるものではありません。本当に状況に見合った解答であるかは、課題を出した人間がしっかりと判断しなければならないのです。それにはさまざまな角度から、解答を批判的に吟味する「クリティカルシンキング」が欠かせません。

以上、整理すると次の3つの力が必要になるということです。
1 課題を見つけ出す力
2 課題を表現する力
3 解答を吟味する力

次に「AIには無い人間独自の力」について

先ずAIには無く、人間にあるものは何かを考えてみます。
その第一は「身体性」です。
人間には生命の長い進化の過程で獲得した身体があり、複雑な感覚や感情が備わっています。人間はこのような生物に共通する「身体性」を持ちながらも、他の生物には無い高度な言語能力を獲得したことで一気に知性を高めた生き物なのです。
これに対し、AIは人間の生み出した言語を徹底的に学習することで、いくつかの分野では人間を凌駕しつつある存在ですが、身体は持っていません。
人間は言葉という「記号」を自らの「感覚的・体験的な世界」に結びつけることで「言葉の意味」を理解します。これを専門用語では「記号接地」といいます。ところがAIには接地すべき「感覚的・体験的な世界」がそもそも存在しないのです。そしてAIが「人間並みの汎用的な知能(Artificial General Intelligence)」を獲得するためにはここがネックになっているという説もあります。
これを打破するためにロボットを使いAIに「身体」を獲得させようとする研究もされています。一定の進歩は見られ、特定の動きに限ればかなりうまくこなせるようになってきているようです。しかし人間のように様々な状況に合わせて柔軟に対応する「汎用性」はまだまだ獲得していません。言語化することの困難な身体的能力の獲得はAIにとって最も難しい課題とされているのです。ですから当面は「人間にしかない」と言ってもいいと思います。

第二は「社会性」です。人類は長い歴史の中で「社会」を構成し、その中で様々な人間同士の関係性を築いてきました。さらに、その過程で規範、倫理、法、宗教、文化、そして多様な価値観といったものを生み出していったのです。これらは身体性と言語を合わせ持った人間特有の、動物にもAIにも決して到達できないものだと思います。ただし、これらの多くは言語化されているので、AIもそれを「識って」はいます。しかし、人間のように感覚、感情、情動などに「接地」されたものではなく、その意味を理解しているわけではありません。

第三は「創造性」です。ただ、これには少し注意が必要です。AIは「既存のものを様々に組み合わせる」ことは得意です。ですから例えば囲碁や将棋で「人間が決して思いつかないような手」を見つけることができます。つまり「これまで知られていなかった組み合わせを発見する」という意味での「創造性」は持っているのです。しかし感覚的・体験的な世界そのものに変化をもたらすような「より根源的な創造性」はありません。既存の世界の中での新たな発見は得意だが、既存の世界そのものを変化させるような根底的な変革はできないということです。

以上をふまえると「AIには無い人間独自の力」が見えてくると思います。
まず一つは、身体的な熟練を必要とする技能です。五感を使い、複雑な状況に臨機応変に対応していく能力は、それなりの修練を経てはじめて獲得できる技能です。単純労働であればAIを搭載したロボットですぐに置き換えられてしまいますが、こうした熟練を要する「職人的」な技能は代替が効かない貴重なものとなると思います。
実際、アメリカではすでに熟練した技能を持つ労働者が高い給料を得ており「ブルーカラービリオネア」と言われているという報道もありました。

二つ目は「社会性」から導かれる力です。他者の考えや気持ちを正しく推し量り、それに応じて自分との関係を構築していく力、一般にEQ(Emotional Intelligence Quotiont)と言われている能力が重要になります。さらに社会を円滑に持続させていくためには様々な規範、倫理観も大切です。しかも、知識として理解しているだけでなく、成長の過程で他者と関わり、自己を省察する中でそうした規範、倫理観を「内面化」していなければ「身に付いた」行動に結びつかないと思います。

最後は「創造性」です。創造性というと大それた印象ですが、ここでは少し狭い意味でとらえたいと思います。というのは社会そのものを変化させるような「創造性」は一部の天賦の才をもった人だけが発揮できる力であり、万人に備わったものではありません。ですから「創造」ということをもっと狭く「様々な発見や気付きにより自分自身の生きる個人的な体験的世界が変化していくこと」というふうにとらえておきたいと思います。こうした「創造性」であれば誰もが発揮する可能性を持っているでしょう。
ではそうすれば良いか?
それには固定されたルーティンから意識的に離れ、たまには非日常的なことをすることが大切です。根源的な問いをゆっくりと考えてみたり、様々な芸術に触れてみたり、何かを制作してみたり、あるいは旅に出たり・・。日常に意識的な変化を加えることで様々な出会いや気付きがもたらされ、それによってこれまでの体験的世界に変化がもたらされ、世界が広がっていく。これは間違いなく楽しい経験であり、AIには決して味わえないことだと思います。

以上「AI時代に身につけるべき力」について考えてみました。
次回はこうした力をつけるための教育はどうあるべきかを考察してみようと思います。
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