トランプ関税に思う
トランプ大統領は4月3日に新たな関税政策、いわゆる「トランプ関税」を発表しました。
これは全ての国、地域を対象に10%の相互関税を課した上で、さらに国や地域、品目によってはさらに高い税率を上乗せするものです。
ちなみに日本には24%の関税を課すとされました。ただ実際の適用は7月からで、その間に交渉の余地はあるとされています。すでに何度か交渉が行われているようですので、そのまま適用されるかはまだわかりません。
しかし、仮に交渉がまとまったとしても何らかの譲歩は迫られるはずですので、日本経済にとって負の影響は避けられないでしょう。
さらにこの「トランプ関税」は当面の経済状況だけでなく、世界の経済システムそのものを変えてしまう可能性があり、もしそうなれば子どもたちの未来にも大きな影響を及ぼすもになると思います。そこで今回はこの「トランプ関税」の持つ歴史的な意味について考えてみることにします。

今回の発表を聞いてまず思い浮かんだのは経済学者チャールズ・キンドルバーガーのことでした。キンドルバーガーは1929年の大恐慌とそれに続く大不況時代の原因を詳細に分析したアメリカの経済学者で、だいぶ昔に彼の著書「大不況時代1929〜1939」という本を読んだことがあったのです。キンドルバーガーは大恐慌をもたらし、さらにそれが長い不況につながったのは、単なる金融政策や財政政策のミスによるものではなく、基軸となる「リーダー国」が不在であった当時の世界経済システムに原因があったと指摘しています。彼によると国際経済秩序を維持するためには市場を解放し、「最終的な貸手」として振舞うリーダー国の存在が欠かせません。
実際19世紀後半にはイギリスがそうした役割をにない安定した経済システムが築かれていたのです。ところがイギリスが衰退し、植民地をめぐる列強の対立が激化する中で第1次世界大戦が勃発していきます。この戦争の後、イギリスに代わって台頭してきたアメリカが伝統的な「孤立主義」からリーダー国の役割を担うことをせず、国際経済に秩序がもたらされなかったことこそが、不況の悪化をもたらしたとキンドルバーガーは主張したのです。
第2次世界大戦後のアメリカの経済政策はこうした失敗に対する反省を踏まえて策定されていきます。キンドルバーガー自身も国務省に参画し国際経済秩序の設計に関わったようです。政策の中心となったのは「ブレトン・ウッズ体制」と呼ばれる為替相場安定の取り決めです。これは金との交換比率を固定したドルを介した固定相場制で「金・ドル本位制」と言われました。これによりドルは世界に流通する「基軸通貨」としての地位を獲得していきます。
さらにアメリカは戦後の荒廃からのヨーロッパや日本の復興を支援するために、マーシャルプランやガリオア・エロア援助といった援助策を実施していきます。各国はこうして得られた資金をもとに戦後復興を成し遂げていくと共に、アメリカもこうした国に自国の製品を輸出することが出来、結果としてドルがアメリカに還流していくというシステムが出来上がったのです。これにより戦後経済は早期に安定し高度成長期を迎えることになります。
ところがこのブレトン・ウッズ体制は長くは続きませんでした。
ヨーロッパ諸国や日本の経済復興が進むと、今度は自国で生産したものをアメリカに輸出するようになり、アメリカは貿易赤字国になっていきます。市場に出回るドルの量は増え、金との交換比率を維持することが困難になりました。こうした事態を受け1971年には金とドルの交換が停止され、各国の通貨は変動相場制へ移行していきます。
ただ金という後ろ盾を失いましたが、ドルはその後も基軸通貨として使われ続けていきます。貨幣は一旦流通してしまえば、「それが流通している」という理由だけで流通し続けるものなのです。(ただし一旦信用を失えばハイパーインフレーションを引き起こす可能性も常に内在していることも事実です。)
その後、中国などの成長によりアメリカは大量の安い製品を輸入するようになり、貿易赤字はさらに拡大しました。同時にアメリカ国内の製造業は衰退していきます。しかし一方でアメリカは金融・ITといった分野ではトップを走り続けているし、最強の軍事力を誇る世界の中心国であることに変わりありませんでした。そのため世界の人々は依然としてドルを欲し、基軸通貨としての地位は揺らぐことはなく、大量に発行されたドルも債券や株を購入することでアメリカに還流していくというシステムが出来ていったのです。
こうしたシステムがずっと継続できるかは不明ですが、自分も含め多くの人は当面は継続していくと思っていたのではないでしょうか。実際、各国はアメリカという巨大な市場に製品を輸出できるし、アメリカにとってもリーダー国としての負担はあるものの、自国通貨で安い製品を輸入できるという特権を簡単に手放すことはないと考えていたからです。

ところがこうした予想を一気に覆してしまったのが今回の「トランプ関税」です。
背景にはアメリカ国内の格差拡大があるように思います。アメリカでは金融・ITといった分野で高額の収入を得ている人々がいる一方で、製造業に携わってきた人たちは低収入、失業に苦しんでいます。こうした人たちからすれば「大量の輸入品のせいで職を失った」という不満を持つのも当然でしょう。製造業の復活を掲げ「アメリカを再び偉大な国に」(Make Amerika great again)というスローガンの下に、こうした人たちの支持を集めて第2次トランプ政権は誕生しました。そして実際に打ち出されたのが今回の「トランプ関税」という政策です。
これはある意味、これまでのリーダー国としての役割を放棄し、各国と同じ土俵に立って競争していくという宣言のようなものであり、キンドルバーガーの危惧した、中心国不在、国際秩序の喪失という事態に繋がりかねないものです。実際、発表直後に株、債券、ドルが共に下落したのは、多くの人たちがそうした懸念を抱いているのことの現れだと思います。
これは世界の経済システムそのものを変えてしまうあまりにも大きなことなので、たぶんトランプ政権内部にも二の足を踏みより現実的な落とし所を探る意見も出てくるでしょう。また各国も今回の事態を受け様々な対応を模索しているところだと思いますが、世界は大変な局面に入ってしまったというのが今の実感です。何とか分断と対立を避ける方向に進んでほしいものです。
お問い合わせ
資料請求
見学受付