「学びの多様化学校」について
生野学園高等学校は文部科学大臣から「学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)」として指定されました。今月はこれを受け「学びの多様化学校」とは一体どんな学校なのかをお話します。

「学びの多様化学校」を一言で言ってしまえば「不登校児童生徒のために特別の教育課程を編成して教育を実施できる学校」ということになります。しかし、これだけでは説明不足だと思うので以下順を追って解説していきます。

まず「教育課程」とはなにかというと「何年生のときにどんな科目を何単位履修するか」ということを定めた、いわゆる「カリキュラム」のことで、各学校ごとに生徒の様子に合わせて作成します。ただし、まったく自由に作成してよいわけではなくて、高等学校の場合であれば「学校教育法施行規則」の第84条で「学習指導要領」を基準として作成することが定められています。
そして「学習指導要領」とは「全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準」であり、各教科、科目ごとに学習の目的、内容、授業時間数などが細かく定められているのです。
ですから学校教育法が適用される学校(専修学校等を除く)では公立、私立を問わず「学習指導要領」の範囲内で教育課程を作成し、それに基づいて教育を実施しなければなりません。

ただ現実にはすべての学校、すべての子どもたちが学習指導要領に基づいて作成されたカリキュラムの内容を習得できているわけではないと思います。
例えば「数学Ⅰ」は指導要領で「必修科目」とされており、ほとんどの高校で1年時に履修することになっていますが、「2次関数」や「三角比」などけっこう難しい内容なので、これを理解するためには中学の数学をマスターしている必要があります。そのため何らかの理由で中学の数学を習得できていなければ「数学Ⅰ」の授業にはついていけず、わからない授業に耐えなければなりません。そして、もし教える側の教師がこうした子どもたちに対応しようと思えば「数学Ⅰ」という名前の授業であっても内容は中学の数学から始めなければならず、指導要領の内容すべてを教えきることは困難になると思います。
「全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう」に定められた指導要領が実際には「努力目標」のようになっている部分もあるのです。

そして近年の「不登校」の増加は、このような「指導要領に基づいた教育課程では対応が難しい子どもたち」の増加を意味します。こうした状況を受け、不登校の子どもたちの学習機会を保証するために「不登校児童生徒等を対象とした学校設置に係る教育課程弾力化事業」が平成16年に閣議決定されます。これに基づき先述の「学校教育法施行規則」の一部が改正され、第86条(高等学校の場合)に「(不登校生徒などの)実態に配慮した特別の教育課程を編成して教育を実施する必要があると文部科学大臣が認める場合においては、文部科学大臣が別に定めるところにより、第83条又は第84条の規定によらないことができる。」という条項が加えられました。
つまり、不登校生徒への対応のために文部科学大臣が必要と認める場合には学習指導要領に基づかない「特別の教育課程」を作成できることになったわけです。
そしてそれを認められた学校が「学びの多様化学校」であるということです。

ただし「特別の教育課程」といっても学習指導要領に全く縛られず自由に編成できるわけではありません。学習指導要領はあくまで日本の学校教育の根幹をなすものであり、そこから大きく逸脱することは許されていないのです。「学習指導要領に基づかない」というよりは「学習指導要領に基づかないところが一部あっても良い」というのが実態に近いかと思います。

「学びの多様化学校」の指定を受けるためには文部科学大臣に申請して認めてもらう必要があります。計画している「特別の教育課程」を、指導要領に基づかない部分についてはその理由を明記して提出し、それが文部科学大臣に認めてもらえる範囲内であれば指定されることになるわけです。

次に生野学園高等学校が申請した「特別の教育課程」の内容を紹介します。
目標にしたのは「教育課程の個別化」です。生野学園には小学校から不登校していた子もいれば、最近までいわゆる「進学校」に在籍していた子もいるので、学習到達度には大きな差があります。こうした子どもたちに一律の教育課程で対応することはほぼ不可能なので、子どもによって柔軟なカリキュラムを作成できるような「特別の教育課程」を申請しました。
具体的には、国語、社会(地歴、公民)、理科、数学、英語の5教科で、学校独自の科目として
中学校前半までの内容を含む「基礎シリーズⅠ」
中学校後半までの内容を含む「基礎シリーズⅡ」
高等学校2年の内容を含む「探求シリーズⅠ」
高等学校3年の内容を含む「探求シリーズⅡ」
を設置します。
そして他の科目も含め履修の順番は一人ひとりに合わせられるようにしました。
これにより、例えば「数学は苦手だけど英語は得意」という子がいたとすると、
数学に関しては1年時に「基礎Ⅰ」、2年時に「基礎Ⅱ」、3年時に必修科目である「数学Ⅰ」という順番で履修し、英語に関しては1年時に必修科目である「英語コミュニケーションⅠ」、2年時に「探求Ⅰ」、3年時に「探求Ⅱ」を履修するといったことが可能になるわけです。
そして「基礎シリーズ」「探求シリーズ」それぞれの内容も一人ひとりに合わせることが可能です。
こうした「教育課程の個別化」により小学校の復習から大学受験まで柔軟で幅広い対応ができるのではと考えています。

最後に「学びの多様化学校」のこれからについて考えてみます。
「学びの多様化学校」は直接には不登校の子どもたちの教育機会を保証するために生まれたもので、名前も「不登校特例校」でした。しかしこの制度にはそれを超える可能性もあるのではと考えています。
今の不登校には「学校には行かなければならないとは思うけど行けない」というタイプだけではなく、そもそも「今の学校に行く意味を見いだせない」という「学校離れ」のタイプも増えてきているように思います。これにはこれまでの指導要領に象徴されるような「学校が一律に一定の水準を保つ」という方向性に魅力が薄れてきていることも一つの要因となっているのではないでしょうか。
時代の変化とともに、子どもたちが身につけるべき力も変わってきています。最新の指導要領が「主体的で、対話的で深い学び」を目標にしているのもこうした流れを汲んでのことと思います。しかし、大きな船が急には曲がれないように日本の学校教育全体が変化していくのには相当の時間がかかります。
そんなときに「学びの多様化学校」が「学びたいことを学べる場所」「自分のやりたいことを実現できる場所」として魅力のある学校になっていけば、学校改革の方向性を先行して示すことができるのではないでしょうか。
世界に目を向けるといろいろな国で時代に対応するための新しいタイプの学校が生まれており、文科省としてもこうした流れを意識して改革の可能性を探っているのではと思います。「不登校特例校」という名称を「学びの多様化学校」に変えたことには、どこか「戦略」を感じさせるものがあります。
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